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境界

7月10日
読了時間: 11分

筆者|なした  ジャンル|ホラー

本当に俺からでいいの?

いくらスタジオのホラー作品の企画とはいえ、なんだかインパクトに欠けるよ、俺の話。作品にするほどの怖さも不思議さもないかも。あぁ、うん。確か監督にも話したことないかも。肩透かししても知らないよ。

 自分のこと語るのは得意じゃないけれど、仕事とあらば仕方がない。

 監督、本当に映ってる?ちゃんとRECのマーク出てる?

あ、そう。ごめんごめん。二度も話をしたくないから、確認したんだ。

大して面白い話でもないしね。

 そもそも、カメラで撮って記録だなんて、誰が言い出したんだっけ?

まぁ、いいか。


じゃあ、話すよ。


 ——俺が小さい頃、母方の祖母が危篤との連絡を受け、海沿いの田舎町に滞在したことがあった。つまり、母の故郷なんだけれど、そこに行ったのは後にも先にもあの時だけだったんだ。

 母はその田舎のことが嫌いなようで、終始不機嫌な顔をしていて、俺は母の眉一つの動きも見逃さないように顔色をうかがった。子どもながらに、通常よりもさらに「いい子」にしていようと心に誓った。

「もう小学二年生だから一人で寝られるわよね」

 そう言われて海の見える古い畳の部屋をあてがわれた。その部屋の中には、神社で見たような……しめ縄っていうのかな?藁で編んだかのような細い紐にギザギザの白い紙がついたものが、その部屋をぐるっと一周囲むように張り巡らされていた。自分の家にはない畳の部屋は古臭くて「何となく怖いな」と子供心ながらに思った記憶がある。

 気味の悪さはそれだけじゃなくて、よく見ると薄暗い部屋にはこけしや埃を被ったクマのぬいぐるみ、手毬が置いてあって、怖さが倍増したのを憶えているよ。

 祖母の部屋も似たような作りのしめ縄があって、夏の風に揺れてカサカサと音を立てていた。

 昼間は親戚が代わる代わる祖母の様子を見にきててさ……そういえば、死んでもいないのに何故か祖母を拝んでいっていたな。今思えばなんだったんだろうな。

 まぁ、俺の話に戻るけれど、夏休みの宿題は早々に終わらせていたから、国語辞書や持ってきた本を読んでいたんだけれど飽きてしまったんだよね。そんなものは、全て飽きるほど見返して、頭に入っていたから。

 庭に出てみたけれど、石垣で作られた小さな池にいた大きな錦鯉は、俺が葉っぱを投げても動じることなく悠々と泳いでいて。まるで、俺のような小物に対して目もくれないという態度を取られたような気がしたんだ。

 俺以外に子どもはいなくて。大人たちはあちらこちらでコソコソと祖母の死について……いや、今思えば、財産についてだったのかもしれない。とにかく、どこか湿った空気が家中に張り付いて、「子ども」という存在こそ異質だと言われている気さえした。

 それに、だれも俺という子どもをあやそうなどと考えていなくて、あの部屋にお菓子と本があれば生きていけるものだとでもいうかのように、放って置かれた。

 時折、気に掛けたように声をかけてくる時は決まって、俺から祖母の様子を見にいった時か、母に話があって近づいた時だった。


 だから、その村に到着して数日後には、大人の目を盗んでこっそり近くの神社へ散歩に出かけたんだ。ちょうど、海から鳥居が見えていてさ、たしか海に向かって三つの鳥居があったっけ。俺の祖母の家はちょうど神社の裏手にあって、小さな祠が家の生垣の前にあってね、すぐに神社の敷地に入れたよ。

 古びた神社だったけれど、鳥居の鮮やかな朱は強く印象に残っているな。境内……というか祠の近くで一人遊んでいると、俺より少し年上の男の子がいたんだ。名前は……えーっと「しょうちゃん」だ。

 しょうちゃんの本当の名前?知らない。教えてくれたのかもしれないけれど、忘れちゃったな。

 俺は、しょうちゃんと遊ぶのが好きだった。木の棒で描いてくれた絵も子どもが描いたとは思えないほど上手かったし、話上手だし、単純に一緒に居て楽しかった。鬼ごっこも色鬼もしたけれど、特に彼はかくれんぼが上手で、俺が見つけたことは一度もなかったな。

 あと、村で不思議と思ったことは、しょうちゃんに聞いた。母や親戚の嫌がる顔を思い浮かべると、到底大人には聞けなかったから。

「しょうちゃん、僕たち以外にこの村に子どもはいないの?」

「そうだねぇ。私も久しぶりに子どもと遊んだよ。彰くんがいてくれて楽しい」

「本当?!僕もしょうちゃんがいてくれて楽しいよ。……この村の大人たちは皆、僕が疑問に思ったことを聞くと嫌な顔をする。だからなかなか聞けなくて……」

「そうだろうね……」

 何か知っているような口ぶりに、俺は思い切ってしょうちゃんにこの村のことを聞いてみようかと迷っていた。

「そういえば、今日はもう少し海の方へいってみようよ」

「う、うん」

 そうしょうちゃんが言うものだから、言葉をぐっと飲み込んで、鳥居をくぐって海の方へと二人で出かけた。

「うわぁ!きれい!」

「そう?喜んでくれてよかった」

 初めて間近で感じた海は、砂浜に半透明な波が押し寄せて宝石がまるで溶け出したようだった。

 俺は母に一人で出歩いたことがばれてしまわぬよう、細心の注意を払って服が濡れないよう半ズボンを太ももに巻きつけ、半袖も腕まくりをした。しょうちゃんと手を繋いで、海に足をつけると、とても気持ちがいい。

 海はこんな綺麗で素敵な場所なんだと生まれて初めて思ったのを憶えているよ。だから、今でもたまに海には行きたくなるんだよね。

 俺は、いつのまにか落ちている綺麗な貝に夢中になって探し始めた。桜色の貝、渦を巻いている貝、帆立のような大きい貝……宝物に見えた。

「しょうちゃん!こんな大きい貝みつけた!」

 そうやって横を見ると、彼がいないことに気がついた。俺は焦って周囲を見渡すと、鳥居の近くに立っているしょうちゃんを見つけた。

「おーい!こっちこっち!」

 そう俺が呼びかけると、彼は一瞬こちらへ歩き出そうとしてやめてしまった。それが不思議で続けて手を振って呼び寄せた。

「こっちだよ!こっちにはいっぱい綺麗な貝があるよ」

 いつもそばにいてくれたしょうちゃんが、動かない。俺は首を傾げて、彼のもとに向かった。

「どうしたの?一緒にもっと遊ぼうよ」

「うん……。でも、ここから出られないから」

「え?ここって、神社?」

「そう」

「なんで?」

 子どもの素直さは時に残酷だなと思う。俺は何も気にせず、彼に質問をぶつけたんだ。

「ここが家みたいなものだから」

「あぁ、本で読んだことがある。神主さんってやつだ」

「ふふ……」

「……?」

 しょうちゃんがニヤリと笑うと、急にすごい勢いで風が吹いた。

「……彰くんは、私と遊びたい?」

「え?うん。楽しいし」

「私も楽しい」


 その時、聞き覚えのある声が俺の心臓をどきんとさせた。母が俺の名前を呼ぶ声だ。


「あ!しまった!お母さんにバレたかも!」

「お母さんはどんな人?」

「え?!怒ったらすごく怖いよ!だから僕もう行かなくちゃ!」

「また遊べる?」

「え?うん。またね!」


 俺は急いで祖母の家に戻ったんだけれど、神社に続く生垣の方から庭に入ってきたのをちょうど母親に見られて、こっぴどく怒られた。

 怒られたって記憶はあるけれど、勝手に出歩くなって感じだったと思う。ただ一つ、憶えていることがあってね。母が言うんだ。

「アゥモが来るから、あなたは外に出ちゃだめ」って。

 そこで初めてアゥモという単語を知った。

 辞書にも載ってない、本でも読んだことのない言葉だった。そして、どこか不気味な響きに俺は好奇心いっぱいに母に聞いた。

「アゥモってなぁに?」

「知らない、アゥモはアゥモよ」

 と冷たく返してきた。いつもなら、引き下がる俺だけれど、どうしても気になって引き下がれなかった。

「なんでお母さんはアゥモを知っているの」

「だから!そういうものなんだってば!こういう田舎には、そういう薄気味悪い言い伝えがあるのよ!」

 声を荒げる母に俺は多分びっくりした顔をしていたんだと思う。

 母は俺の顔を見て、少し冷静になったのか、ハッとして俺の手を握って呼吸を落ち着かせながら

「……いい?彰ちゃん、とにかく外へ出ないこと。特に夜はダメ。呼ぶ声がしても絶対出ちゃいけないからね。もし出たら、二度と帰ってくることはできないからね。あなたは大事な私の子どもなんだから、ちゃんと言うこと聞けるわよね?」

「……うん。わかった」

 俺の返事を聞くと満足したのか、母は薄い唇で弧を描いた。その様子に俺は安心したが、母はすぐに障子をピシャっと閉めて、ぎしぎしと長い廊下を歩いていってしまった。

 しょうちゃんと「また神社で」と約束していたのに、俺は母と謎のアゥモが怖くて、次の日から障子まで閉めて部屋から出なかったんだ。

 




 二日くらいたった頃だと思う。夜も更けたころ、夜中の何時なのかは覚えていないけれど、一度寝た後だから、零時は過ぎていたと思う。

 何か聞こえる。

 そう思って、目をこすりながら起きると確かにはっきり人の声で「おーい、おーい」と聞こえたんだ。

 怖くて布団の中でうずくまる俺は、ただ震えるしかなかった。

 そんな時、聞き覚えのある優しい声がした。

「彰くん、私だよ」

「……しょうちゃん?」

「そうだよ、しょうちゃんだよ。一緒に遊ぼうよ。入れて」

「どうしたの?おかしいよ、こんな時間に」

「彰くんの好きなお菓子もあるよ。探検しにいこう」

「でもママは夜中に出歩いちゃだめだって言ってた」

「平気だよ。私がいるし、懐中電灯だってある」

カーテンの向こうで光がゆらめく。

「でも……」

「入れて」

「……お母さんが……アゥモが出るからだめだって、こどもを攫うから」

「彰くんは攫われないよ。なぜ、開けてくれない?」

「しょうちゃんは……僕の意見を尊重してくれる。無理やり連れ出すなんてことしない」

 震える声で告げた。

「お前はしょうちゃんじゃない」

「……」

「ちがうよ、しょうちゃんだよ。入れてよ。入れて」

「しょうちゃんは、自分のこと、しょうちゃんって呼ばない」

「……一緒にあそぼう。また遊ぶって約束したよね?」

「そうだけれど、おまえは違う」


 とにかく、しょうちゃんの声を真似たなにかが俺を誘惑し続けた。震えながら朝を待ったよ。

あれほど長い夜はいまだに経験してないかもしれない。

 監督の絵コンテが上がらない時に比べると、また違う恐怖ってやつだよね。なに、監督、怖い顔しないで。


 でさ、朝……本当にうっすらと陽が射してきた明け方に、母が走ってきて襖をあけてくれたんだ。助けにきてくれたんだ、と思ったら違った。祖母が亡くなったと知らせにきただけだった。

 村の人は「ついに、あのお婆さんもアゥモに連れて行かれたねぇ」なんて話をしていたのは、憶えているよ。






 ネットが発達した今、たまに思い出して検索するんだけれど、何もヒットしないんだよね。

 母に聞いてみればって?

 いや、あの海沿いの田舎のことを母は嫌っていて、あの葬式以来近づきもしなかったから、無理かもね。

 まぁ、監督には俺と母のことは話しているから、ハナから無理だってわかるよね。


 母のことはいい。

 俺が唯一経験した怖いことはこれでおしまい。


 はい。RECを止めて。

 ちゃんと話せていたかわからないけれど、新作の参考程度になればいいな。

 あれ、監督、ちゃんとボタンわかる?ねぇ、止めてってば。



 ……監督?どうしたの、急に黙って。


 

 何?声小さいよ、大きい声で言って。具合悪い?

 なに?……入れてほしいだって?……そんな、まだカメラ回ってるでしょ。だから、止めて止めて。

 そういうのは、家で……。

 ちょ、こわいよ、監督、どうしたの、二人の時だけでしょ、そういう話をするの……。






「おーい」





 ……今、ドアの方から、声がしたよね?

 聞こえた?

 ねぇ、聞こえたよね。

 監督にすごく似た声。

 え、なに、監督。小さい声で何言っているの、怖いよ、俺が言ったことに反応してよ、監督。

 近づかないで、今の監督、怖いよ。

 監督……だよね?





「はいらせテー……はいらセてー……」





嫌な汗が噴き出る。なぜなぜなぜ。

今まで俺は誰と話をしていたんだ?ここは、東京、スタジオこしろ。海もない、都会の中……。

窓も開けてないのに、目の前の監督らしき者が近づくと、湿った空気が流れた。

まるで、あの、田舎のような、夏の日のような。

まさか。

俺は立ち上がって、それから距離を取るように後ずさった。


「た、す……け、て……」

「あきラくん、どうして、二げるのー?むかえ■きタよー」


声が思ったように出ない。

相手は少しずつ俺に近づいてくる。

少しでも距離を取りたい。ドアに近づけば、もしかしたら逃げられるかも。少しでも、震える足でも、なんとかそこまで行ければ。



「おーい」




背中側のドアから声がする。行き止まりだ。

囲まれたのだ、きっと。

それが偽物でも、最後に聞く声がこの人の声なら、と一瞬思ってしまった。

「しょ、たろ……さ……」

俺は、目をぎゅっと瞑り、名前を呼ぶ。





ガチャ、とドアが開く音。倒れ込む自分の体。抱き止めてくれたのは。

「若⁈ どうしたの? 大丈夫? すごい汗!」

「あ……う、あ」

「大丈夫、ゆっくりでいい。話せる?」

「……入らないで。お願い……」

それだけ言って、俺は意識を手放した。





次に目が醒めた時は、スタジオの仮眠室だった。





「あ、落ち着いた?なんかうなされてたよ、若」

温かな声と雰囲気。俺は一瞬で、この花厳勝太郎は本物だと確信した。

思わず起き上がって抱きしめる。

そんな俺に少しびっくりしたようだったが、すぐに背中をさすって体調を気遣ってくれた。

俺は、アゥモから逃げられたのか?

「若、あんな暗い会議室で何していたの?」

「え」

「なんか、音が聞こえたからさ、私、おーいって呼んだんだけれど返事はなくて、でも誰かと話をしている感じはあって。そんなとき、私の名前を若が呼んだ気がしてさ。空耳かもしれないけれど」

「いや、来てくれてよかった。本当に」

「ん……。力になれたのなら、よかった」

 俺は監督の匂いに包まれながら安堵した。

「あ!そういえば、スマホの動画!どうなってる?」

「スマホ?若のじゃないやつ落ちていたから、警備さんに届けておいたよ。でも使えないとは思うけれど」

「どういうこと?」

「なぜかびっしょり濡れていたからね。それに磯臭かったな」


 あれは、あの声は何だったのか。

 監督のような生き物も、びしょ濡れのスマホの主も。

 今となっては、わからない。


 
 
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